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水とたわむれ、風に吹かれてそぞろ歩く。

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職人町、鍛冶屋町といった古い町名にひかれて足を向けるとそこには古い家並みとその軒先をほとばしるように流れる水路。

辻のつきあたりには城下の防禦のための寺が配置され、13もの寺が狭い町並みの中に甍を連ねる奥美濃の小京都です。

国の重要伝統的建造物群の選定を受けた古い家並みに沿って城下を巡ればそこここに清らかな水が育む郡上八幡の暮らしと文化と人に出会えます。

郡上八幡観光協会制作の「城下町みどころマップ」はこちらからプリントできます。

Blue One城下町の家並み 職人町、鍛冶屋町

職人町

職人町、鍛冶屋町は国の重要伝統的建造物保存地区の選定を受けた歴史風致地域です。

江戸時代は庶民の町として、間口2間の職人の家から大きな商家までズラリ軒を連ねていました。今でも通りのあちこちにそのおもかげを見ることができます。

これらの住まいの形式は京都に似て、間口は狭く奥に深い造りです。
観光向けに整備された町並みではありませんから、普段着のままの町の暮らしを垣間見ていただくことになります。

また町割りに沿って通りの両側を流れる水路は、寛文年間(1660年頃)に城下町の整備をすすめた城主の遠藤常友が防火の目的のため4年の歳月をかけて築造したものです。

Shokunin Machi

家々が密集し、2度の大火の見舞われた郡上八幡は火事にはとても神経質でした。 今でも家々の軒先に下がる消化用バケツはいわばその伝統のなごりともいえます。

1692年(元禄5年)の城下町家帳によると職人町と鍛冶屋町には、50軒の家々が並んでいました。うちその名のとおり鍛冶屋が最も多く8軒。
医師が5軒、桶屋が3軒、馬医師2軒のほか、大工、畳屋、塗師屋、仕立て屋、紺屋、酒屋など実にさまざまな職人や商人が住んでいたことが記されています。
当時の人々の生活ぶりがうかがえる興味深い記録です。

観光マップ

Blue One城下町の家並み 柳町

城下町の家並み 柳町

この柳町の町家群も「統一された町家と水利施設が一体となって歴史的風致を伝えている」として国の伝統的建造物保存地区の選定をうけました。選定を受けたのは柳町をはじめ大手町、職人町、鍛冶屋町の14.1ヘクタールの旧城下町です。

柳町の北はずれには下級武士の住まいであった足軽長屋もそのままの姿をとどめています。江戸時代には中級藩士から下級武士が住まうお侍の町でした。

柳町

そして清冽な水がこれら家々の軒先の下を洗うかのように流れ、各家は堰板をはめてこの用水を利用します。

当番制の水路掃除はもとより、水をはぐくむ山林管理や水路の維持までひとつの掟のようなルールで柳町の水利用の伝統は守られてきました。

柳町

江戸時代には中級藩士から下級武士が住まうお侍の町だった柳町。大きなお寺は郡上御坊の異名をもつ安養寺。

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江戸時代には中級藩士から下級武士が住まうお侍の町だった柳町。清冽な水がこれら家々の軒先の下を洗うかのように流れ、各家は堰板をはめてこの用水を利用します。

360 パノラマー

 

Castle Marker 郡上八幡城

Gujo hachiman castle and a fukll moon

(古名) 積翠城、郡城、虞城

 戦国時代末期の永禄2年(1559)、遠藤盛数によって砦が築かれたのが郡上八幡城のはじまりです。

  その後稲葉貞通、遠藤慶隆の興亡を経て大普請され、寛文7年(1667)6代城主遠藤常友の修復によって、幕府から城郭として格上げされました。のちに井上氏、金森氏と相次いで入部。宝暦5年(1755)大規模な農民一揆がおこり、12代城主金森頼錦は、お家断絶に追い込まれるというわが国の歴史上、最も壮絶な一揆が展開されました。

 金森氏に代わって、宝暦9年(1759)に丹後の宮津から転封した青山幸道は城下の殿町に居館を築き、旧二の丸は本丸、旧本丸は桜の丸、松の丸に改められました。

Gujo Hachiman Castle

 そして明治4年(1871)廃藩置県とともに廃城となった城は翌年から石垣を残してすべて取り壊されることになります。

現在、城郭一帯の石垣すべてが県の史跡に指定され、昭和8年(1933)に再建された天守閣は市の有形文化財に指定されています。

入場料金:大人320円 子供150円(20名以上の団体は割引あり)

開場時間:9時から4時30分(夏季は6時まで)

12月20日から1月10日まで冬季休館いたします。

View from Gujo Hachiman Castle in autumn

山頂駐車場は無料ですが駐車台数がかぎられています。また乗車定員が6人以上の車輌は通行できません。山内一豊と千代の像の近くの駐車場をご利用いただき、木々の緑、鳥のさえずりを楽しみながらの15分から20分ほどの散策での登城をお奨めいたします。

雪の城

郡上八幡城の詳しいご案内や歴史説明はこちらをクリックして「郡上八幡城」のページへどうぞ。

観光マップ

 

Info Marker郡上八幡博覧館

郡上八幡博覧館

柳町の町並み保存運動に連携して大正時代に建てられた旧税務署の外観をそのまま残した建物です。内部は、郡上八幡の「水とおどりの城下町」のキャッチフレーズにそって歴史、伝統、水環境や郡上おどりなどがテーマ別にわかりやすく展示してあります。

またここの呼び物はほぼ1時間おきに行われる郡上おどりの実演。

夏は本番を前にちょっと踊り方の手ほどきを受けておくのに最適の企画です。

また残念ながらおどりの季節以外にいらっしゃったみなさんもここで本場の郡上おどりを見ることができます。

入場料:540円(大人)320円(小人)年末年始のみ休館

博覧館HPへ

郡上八幡博覧館

 

Shrine Marker 宗祇水(別名白雲水)

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環境省が選定した「日本名水百選」の第1号に指定されたことで有名になった湧水です。 
しかし本来は、由緒正しき史跡。大きな蔵屋敷や石畳の坂道に囲まれて柳の古木が水面に静かに影を落としています。

文明3年(1471)連歌の宗匠・飯尾宗祇が郡上の領主である東常縁から古今伝授を受けて京へ戻るとき、当時の2大歌人であるふたりが、この泉のほとりで歌を詠み交わしました。

もみじ葉の 流るるたつた白雲の 花のみよし野思ひ忘るな  常縁」

「三年ごし 心をつくす思ひ川 春立つ沢に湧き出づるかな  宗祇」

惜しむ別れを清泉に託した2首の和歌が残されています。

宗祇水の詳しいご案内や説明はこちらをクリックして「水の町」のページへ。

観光マップ

Shrine Marker 宗祇水

360 パノラマ

Shrine Marker 宗祇水

360 パノラマ

 

Yellow Markerやなか水のこみち

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繁華街の新町から角を曲った町なかの一服の清涼剤のような路地。玉石を敷きつめた道と水路、柳の並木、大きな家屋敷。歩いている人がみんなちょっといい顔になる小道です。

齋藤美術館

道に敷きつめられた玉石は町の名前に因んでその数8万個。長良川と吉田川の自然石です。

旅人に人気の観光スポットですが、江戸時代には旦那衆やお侍がこっそり人目を避けながら、現在の日吉町界隈にあった裏田という遊郭へここを通ってぬけてゆく、ちょっと艶っぽい路地でもあったんですよ。

奥美濃おもだか家民芸館

そしてこの道をはさんで「斎藤美術館」「心の森ミュージアム遊童館 2つの美術館があります。

 

360 パノラマ

 

360 パノラマ

 

観光マップ

orange心の森ミュージアム遊童館

心の森ミュージアム遊童館

画家であり造形作家の水野政雄氏の作品館。

和紙の造形でふるさとの郷愁をみごとに表現し、また天然の樹木から豊かな創造力を生み出す。折り紙では大人も童心になって楽しめる…。 

そんなユニークな美術館です。また叙情あふれるタッチで人気が高い郡上おどりの観光ポスターは20年にわたって毎年水野氏が手がけているものです。

入場料:400円(木曜日休館)

詳しくはこちら

orange齋藤美術館

Saito

城下で屈指の豪商であった齋藤家は両替商として財をなし、また代々
茶人でもありました。

この旧家に伝わるお茶道具の名品の数々、書画をやなか水のこみちから入った母屋裏手の美術館で展示しています。

大きな母屋は一直線に走る軒とベンガラ格子の城下町の商家の造りを色濃く残すものとして国の登録文化財に指定されています。

入場料:300円 (木曜日休館)

 

Purple Marker食品サンプルの町

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おいしさを「目」で伝える食品サンプル。

レストランのショーウィンドーを飾るおなじみのものですが、もともとこのアイデアはこの町で起こり、今でも全国生産の7割を誇っています。

sample kobo

「思わぬものが思わぬところで…。」という感じ。

市内には業界最大手の岩崎模型の「サンプルビレッジいわさき」や古い民家を利用した「さんぷる工房」などの次のような販売や製作体験施設があります。

観光マップ

Purple One Markerサンプルビレッジ•いわさき」

TEL: 0575-65-2832 ー体験予約 0575-65-3378
製作体験は800円で予約が必要です。

Purple Two Marker「さんぷる工房 」

詳しくはこちら

TEL: 0575-67-1870
入場料:無料(製作体験は有料で予約が必要です。)

 

吉田川

Yoshida River

長良川最大の支流で市街地の中央を流れます。宮が瀬橋からは川底の石が数えられるほど透きとおった水の流れと、緑の山の頂きにそびえる郡上八幡城が眺められ、新橋は渦巻く瀬めがけて子供たちが橋の上から飛び込むことで知られています。

Yoshida River

川岸づたいに「宮が瀬こみち」という親水遊歩道があって、川風を頬にうけながらのんびり散策をするとこの町の人々の暮らしがいかに自然と一体となっているかが分かります。

吉田川の詳しいご案内や説明はこちらをクリックして「水の町」のページへ。

 

Purple Marker郡上八幡旧庁舎記念館

Hachiman Kanko

ここは郡上八幡を訪れる観光客の休息、便宜を図るユニークな施設です。 
町の中心、新橋のたもとにあって、吉田川の大瀬(だいせい)とよばれる早瀬を見下ろし「ちょっとひと休みする」には格好の場所。

Hachiman Kanko

建物は旧郡上八幡町役場で国の登録文化財の指定をうけています。内部は郡上八幡の特産品の展示販売や軽食、2階は郡上おどりの体験会場となる「かわさきホール」。

Hachiman Kanko

郡上八幡観光協会もここにあります。季節のおすすめ、見どころ味どころ、郡上ことばでお手伝いいたします。どうぞお気軽にお立ち寄りください。

入場料:無料(年末年始のみ休館)

 

詳細HPへ

観光マップ

 

Purple Marker郡上八幡まちなみ交流館

Hachiman Kanko

国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された郡上八幡北町は、城下町としての統一された様式の町家が軒を連ね、水利施設が一体となって歴史風致を残しています。

この保存地区のほぼ中央に、城下町の歴史や町家の特徴などをパネルやジオラマで紹介し、古い町並みの散策に役立てていただく目的で開館しました。入館料は無料です。散策前にお気軽にお立ち寄りください。

休館日 毎週水曜日

観光マップ

 

Brown Marker郡上八幡樂藝館

郡上八幡樂藝館

旧庁舎記念館の向かい側にあり洋風外観の建物は、国の登録文化財です。

内部は明治時代の旧病院を再現した一部ほか市民ギャラリー, 隣りの足軽屋敷を移築した建物は町方民俗資料館になっています。

入場料:220円(月曜日休館)

観光マップ

 

Brown Marker慈恩禅寺

Jion Ji Temple

1606年(慶長11年)、時の郡上八幡城主遠藤慶隆が開基となり、妙心寺円明国師の高弟半山和尚を迎え、釈迦如来を本尊として創建された古刹です。

Jion Ji Temple

名勝の庭園は東殿山麓の巨岩をそのまま生かした室町様式の禅宗庭園。 つつじの刈りこみや池をおおう楓の大樹が美しく、静寂の中を滝の水音が響き幽玄な雰囲気が漂います。 特におすすめは5月の滴るような新緑と11月の紅葉の季節。

拝観料:500円

慈恩禅寺の詳しいご案内や説明はこちらをクリックして「小京都寺めぐり」のページへ。

観光マップ

 

Brown Markerスクリーン印刷の町

Silkscreen

スクリーン印刷とは絹、ナイロンなどの細かい編み目越しにインクを定着させる印刷方法で写真、絵画など濃淡のある原画を表現しやすいため芸術家達によって多く用いられてきました。横尾忠則やアンディーウォホールなどがよく知られています。

1950年代後半に菅野一朗氏をはじめとする郡上八幡の起業家たちの手によってスクリーン印刷が初めて本格的な工業印刷機として開発され、それが広く世界に普及していきました。現在スクリーン印刷機やインクを製造する最大手2社(ミノグループ、セリア)は郡上八幡に居をかまえ、さらに約10社のメーカーがこの地の地場産業として定着しています。

またこれに因んだスクリーン印刷の体験工房が小さな町家を利用してあり、オリジナルの手ぬぐいの製作体験や海外アーティストデザインのTシャツを手にすることができます。

「タカラギャラリーワークルーム」

詳しくはこちら

TEL: 050-3682-1861
(製作体験は有料です)

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Brown Marker釈迢空の歌碑

Kahi

国文学者として知られる折口信夫(釈迢空)は1919年(大正8年)の夏の終わりに郡上八幡をおとずれました。

しかしその時の郡上八幡は直前に起きた北町大火により町の半分が焦土と化していました。その災事を詠んだ歌が碑に刻まれています。

「焼け原のまち(町)の最中(もなか)を行く水の せゝらぎ澄みて秋近づけり」

歌碑の書は釈迢空自身によるもの。またこの新橋のたもとが大火の最後の鎮火地点であったためこの地を選んで建立されました。

石碑の表面に絶えずしたたり落ちる湧水は災事の鎮魂を意味しています。ちなみに折口信夫はこの旅でもう一首の歌を残しました。

「ぐじゃう(郡上)のやま(山)かぜ(風)なりすぐる かそけさやまたはかへらぬ人をおもふに)

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野口雨情の歌碑

Kahi 2

「赤い靴」や「七つの子」などの童謡を作詞し、北原白秋や西条八十とともに童謡界の三大詩人に数えられる野口雨情(1882〜1945)は昭和初期(1931)に郡上八幡を訪れ郡上節の歌詞として9首の歌詞を作詞しました。

郡上八幡の人々は郡上節の昔から謡われている歌にこれらの歌詞をおり混ぜて、以来大切に歌い継いできました。中でも碑にある「今夜逢いましょ宮ケ瀬橋で月の出るころ上るころ」(原文と碑面は旧かなづかい)は情緒豊かな傑作です。 

歌碑は詩にちなんで月の出る山の端をかたどり、郡上八幡城のある城山と月が上る東殿山を仰ぎ見ることができるこの地を選んで立てられました。

 

郡上八幡の住まいに見る小京都

撮影にご協力いただきましたこれらの邸宅は、個人のお住まいであり、公開はされておりませんのでご注意ください。新町の斉藤家が代表的な郡上八幡の町屋として一般に公開されています。

 

坪庭

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寛文年間(1660年ごろ)に京都をならって区画割りされた郡上八幡の町並みはせまい間口に対して奥行きの長い短冊形の町家屋です。「うなぎの寝床」とも呼ばれる細長い町屋。

そこで店の棟と奥の住居の棟の間には通気と採光の機能をもつ坪庭が不可欠となりました。

店の奥には表通りからは見えない美しく小さな空間があるのです。

きちんと鋏みの入った植え込みに灯篭や手水鉢が配置され、一木一草がいきいきと呼吸している…

その本来の機能を発揮しながら城下町の町家に住む人の美意識によって完成されたひとつの庭園様式。

郡上八幡の町の奥深さ、そして人の奥ゆかしさがうかがえます。

 

 

格子

Koshi

今では数少なくなってしまった格子造りの町屋も、かつてはその格子を見ればその家の職業が分かるほど多彩でした。

酒屋や味噌屋は重い樽がぶつかってもいいように太い「酒屋格子」。

格子の上部を切り取って明り取りをしているのは、糸を見分けるため光が必要な糸屋の「糸屋格子」。

上三本が切ってあれば糸屋で、二本なら呉服屋であったそうな。

紅殻に塗られているのは檜、杉などの良材五木の使用を隠す課税逃れともいわれますが、本来はその木材の表面の保護が目的であったようです。

家によっては青竹を簡素な花入れに見立てて格子に掛け、一輪の花を飾る。

「道行く人」を重んじる「かど掃き、水撒き」など毎日欠かさぬ町びとのくらしのなかに、城下町ならではのささやかなおしゃれ気質もうかがえます。

 

川座敷

Kawashiki

吉田川の川べりには清流を見下ろす佳景のロケーションにありながら、雨戸を閉めたままの家がところどころに見られます。

これらは離れ家または川座敷と呼ばれ、冷房のなかった時代に涼しい川風のぬける「おおだな」の商家の別邸として建てられた家です。

これらの家々からは八幡城と吉田川を一幅の絵のように見立てることができる絶景の家や、北向きでありながら吉田川の水面に映る月を見下ろすことで月見を楽しめる趣向の家といった昔の風雅や遊び心が伝わってきます。

この自然と人の暮らしと歴史とが風景の中で一体になっているところがいかにも郡上八幡らしいといえるのではないでしょうか。

 

袖壁

Sodekabe

郡上八幡の町並みの特徴のひとつの隣家との間に「しきり」があります。

これは袖壁と呼ばれるもので、屋根の軒出しを支えるとともに長屋のように密接した家々の防犯や延焼を防ぐためのものでした。

同じく防火の目的で軒下に吊り下げられた火の用心のバケツや半鐘。 台所に貼られる「火廼要慎(ひのようじん)」のお札、火伏せの神様として屋根上に祀られた秋葉さまなど町屋のファサードを構成するものには防火を意識したものが多く見られます。

 

郡上八幡観光協会

501-4222
岐阜県郡上市八幡町島谷520-1
TEL 0575ー67ー0002
FAX 0575-67-1771

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